どの選択が一番とは誰にも決められない
今はもう亡くなられたとのことですが、柴犬で18歳は立派な年齢です。飼い主としては、もっと生きていてほしかったという思いがおありだと思いますが、こんなに長生きできたということは、ひとえに飼い主の方の努力と愛情があったからだと思います。
えりさんは、ご自分の選択が正しかったのだろうかと疑問に思っていらっしゃるようですが、どの選択が一番かということは誰にも決められないことだと思います。「これ以上、痛い思いをさせたくない」と手術をさせなかったことも、安楽死を選択したくなかったことも、よく理解できます。それに、手術をした方が長生きするか、逆に、手術が寿命を縮めてしまうかは、手術をしてみなければわからず、どちらがよかったかというのは、結局、結果論でしかないのです。えりさんが、獣医師の意見を聞きながら、愛犬のことを真剣に考えて、選んだ方法だったのであれば、きっと愛犬も幸せだったのではないでしょうか。
末期医療で思うのは、入院中の動物が、飼い主の方が面会に来られると、本当に喜び、イキイキとした目で迎えるということです。この読者の中に、もし、末期医療を受けている方がいらっしゃるなら、毎日毎日が愛犬との大切な歴史の積み重ねだと信じ、できるだけ一緒に病気に立ち向かってあげてください。そして、不安や心配、わからないことがあったら、かかりつけの獣医師に繰り返し相談してください。獣医師も、きっと力になってくれると思います。
ペットロスの初期段階なのでは?
ところで、えりさんは、愛犬をなくされてから、どのくらい経ちましたか。メールの文面から推察するに、えりさんは、今、ペットロスの初期段階にいると思われます。乳腺腫という、人間でも大変な末期医療を経験されたわけですから、ペットロスから立ち直るのに時間がかかるのは、ごく自然なことです。以下に、愛犬や愛猫の死に伴う感情の変化についてご紹介しておきますので、参考になさってください。
第1段階
動物の死を、現実のものとして受け入れることができません。亡骸にすがって揺すったり、しがみついたりして起こそうとする方もいます。埋葬がすんだ後も、常に愛犬、愛猫がいるような気配を感じたり、いるときのように振る舞ったりしてしまう方も多いようです。
第2段階
次に、後悔が訪れます。自分の管理が悪かったのではないか、もっと早く気がついていれば、もっと大切にしておけばよかったなどと、罪の意識や自責の念に捕らわれます。
第3段階
その後には、孤独感や怒りがわいてきます。どうして早く気がつかなかったのか、こうしていれば、ああしていればという思いは、怒りとなって、獣医師や動物病院のスタッフ、健康な動物を飼っている飼い主、さらには動物の命を救ってくれなかった神様に対して向けられることもあります。また、ペットを救えなかった自分自身に対する怒りが生じることもあります。
第4段階
怒りが治まると、感情が麻痺し、沈鬱になり、外界の刺激に対しての感受性が低下します。動物が苦しんでいた場合などは、「やっと楽になれた」という解放感を感じることもあります。
飼い主は、こうした感情の変化を経て、動物の死を受け入れ、徐々に心の中に愛犬、愛猫の居場所を作ることができるのです。えりさんも、ご自身を必要以上に責めないでください。ペットロスに陥るほど、愛情を注いでくれたえりさんと暮らせて、愛犬もきっと幸せだったはずなのですから。
